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§2 スペクトル解析一般

§§2−2 スペクトル解析(その4)
§§§2-2-3 
MEM

問 MEMにおいてラグの値を変えることはスペクトルにどのような影響をもたらしますか?

0750

答. MEMの本来の理論体系では,ラグは対象系の構造とは切り放して考えることができます.このとき,ラグは時系列データにみられる相関のうち,どの程度長い相関までをスペクトルに取り込むかということを指定し,いわばどの程度の“分解能”でスペクトルを計算するかの指定でもあります.
 ラグを変えることは,例えて言えば,望遠鏡の口径を変えて同じ対象を観測する,そのようなイメージが近いと思われます.同じ対象を観測するのですから,分解能の大小に関わらず不変であるべき点は不変に保たれ,その上で分解能を上げるに従ってより詳細な情報がもたらされる必要があります.
 この不変に保たれるべき量とは,今の場合,スペクトルの傾きとトータルパワー(実際にはナイキスト周波数までのパワー)です.前者は対象系の最もfundamental構造を反映し,後者は時系列データにみられるゆらぎの時間あたりのエネルギーです.MemCalcシステムでは,両者はラグの値に関わらず(計算誤差の範囲内で)一定に保たれます.
 他方,ラグを大きくすることによって,より長い相関がスペクトルに取り込まれますから,低周波数領域にピークが(そのようなモードが原データにあれば)出現します.また,高周波数領域にも新たにさまざまなピークが見いだされます.ラグを大きくするに従って一般にピークはより高くより鋭くなります.

問 「MEMは任意性が強すぎて使えない」などという批判がありますが.

0760

答 この批判には2つの側面があると思われます.一つはラグを変えるとスペクトルが変化することを指した批判です.この批判については問0750で述べたとおりです.そもそもあるサンプリング間隔で測定された有限長のデータから,唯一のスペクトルが得られるという考え方自体,不合理なものです.もう一つの批判は具体的な数値計算において,ラグを変えて得たスペクトルが「似ても似つかない」ことに対する批判です.これはスペクトルの分解能の違いによるものであって,スペクトルそのものに問題があるのではありません.

問 「自分はPDP-11の時代からプログラムを組んでさまざまな解析を行ってきた.MEMも試したがラグを変えるとスペクトルが別物になってしまう」などと話される先生もいますが.

0770

答 「スペクトルが別物」ということの内容が問題です.問0750で述べたとおり,ラグをどのように取ってもスペクトルのトータルパワーは不変に保たれます.また,スペクトルの傾きも変わりません.その上でラグを大きくしていくと低周波数領域にピークが出現し(より長周期のモードを検出し),高周波数側にも多くのピークが出現します.ピークはより高く鋭くなります.ラグを大きくすることはスペクトルの分解能を上げることに対応しますから,このことを指して「スペクトルが別物」と見なすのはいかがと思います.ただ,むしろ本当にラグを変えてもトータルパワーと傾きが不変に保たれるようなスペクトルをご自身が組まれたプログラムで計算された上で「別物になってしまう」と判断されたのか,はなはだ疑問ではありますが.

問 なぜ,MEMについはさまざまな批判,ないし誤解があるのでしょうか?

0780

答 そのような批判・誤解の原因は2通りに分けられるようです.第一はMEMの理論構成にかかわるもの,第二は数値計算上の問題にかかわるものです.
 第一の点に関して,MEMは統計物理学の普遍原理,自然法則中の自然法則である最大エントロピー原理に直接に依拠する理論体系であり,ARなどの特定のモデルに基づくものとは本来無関係であることが,これまで正しく理解されなかったためです.ARは単純な線形モデルであり,モデルの範疇であればいくらでも(一見)精緻に理論を展開することが可能です.簡単な上に理路整然として見えるという,一般大衆受けする素地がARにはあります.そのような世界でMEMスペクトルを計算するための式が(意味することはまったく別なのですが)出せるとなれば,統計物理学,情報理論などの現代科学の根幹に触れる難解な部分を素通りしてAR流にMEMを曲解することが罷り通ってきたとしても不思議ではありません.
 第二は,これまでMEMの理論的特長を充分に引き出す解析システムが存在しなかったためです.そしてその原因はMEMスペクトルを数値的に求める場合,通常の数値計算では決して予想できないような困難が随所に現れるためです.ARやFFTのプログラムを組む感覚でMEMのプログラムを組んだのでは,理論的特長を充分に反映したシステムとはなりません.スーパーコンピュータの重要な利用分野として分子動力学法による大規模計算などというものがありますが,そのような場合に現れる数値計算上の状況と比べても桁違いに困難な状況がMEMスペクトルの計算過程で発生します.
 数値計算技術上のノウハウは研究者,ないし技術者の内に蓄積されるものではあります.しかしながら,特に我が国においては数値計算の重要性に対する認識が著しく低いこと,数値計算に関する学会・研究会の類がほとんど皆無に等しいことと,この第二の困難を今日まで解決できなかったことは無縁ではないと考えられます.

問 MEMスペクトルとラグについて,最新の理解によればどのうように考えられますか?

0785

 北海道大学の常盤野和男先生による公表予定の「MemCalcの理論」−有限長離散時系列の解析理論− によれば,MEMについて以下の諸点が既に明らかとされています.

(1)  MEM(のスペクトル)は有限長離散時系列を複数の線スペクトル(=時間軸上では複数の余弦函数)とその余(=時間軸上ではゆらぎに相当)で記述する方法である.
(2)  このとき,MEMは時系列の周期構造を最大限取り出そうとする.すなわち線スペクトルの部分を最大にしようとする(線スペクトルは不確定度ゼロ←最大エントロピー法).これは具体的にはラグを極限まで大きくとることにより行われる.
(3)  各ラグのスペクトルはいずれも真のスペクトルの近似であり,それはラグとともに真のスペクトルに漸近する.
(4)  真のスペクトルの近似という点でラグはどのようにとってもよい.ただしデータ点数に近い極端に大きなラグではデータ長の影響がスペクトルに取り込まれる.いずれにせよ,ラグに関する制約はMEMには存在しない.

また,MEMはARとも,またフィルター理論とも一切無関係であることも示されますが,その論述はAR「研究者」がMEMを自己流に解釈する余地のないものとなっています.この「MemCalcの理論」により,長年MEMにまとわりついてきた誤解・曲解の類が一掃され,その真に意味するところが明らかとなることが期待されます.


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